「有朋自遠方来 不亦楽 」


・・・と、皆さんに思って頂けるならこんなに嬉しいことはない。

10ヶ月振りに天津で友人たちと会いました。
楽しかったです。そりゃぁもう。

でも部屋の片付けは大変でした。なんせ毎晩飲んで帰ってちょっと寝て、夜中にゴソゴソやるんだからはた迷惑ですな。

最もつらかったのが、日本に送る物と捨てる物、人にやる物の選別。

多少荷物が増えても船便なら安かろうと思ったら、それは間違い。小荷物なら郵便局で扱いますが、多少大きい箱だとうるさいようです。船便はコンテナのスペースを切り売りしていて、最小単位が10万円くらいから。個人の荷物発送ならEMSの航空便のほうが安いんだそうです。(と、日本の運送会社の人が言いました)郵便局に持ち込んでわからない中国語で交渉するくらいなら日本の運送屋のほうが便利。

しかし円安のご時世、そうそう要らない荷物を日本に送れもしません。8年近く暮らしていればいろいろ物も増えるものです、特に困るのが仕事の記録と頂き物。僕の場合、ゴミみたいなサムネイルやら、打ち合わせで書いた筆談や、気に入ったスケッチなどがプロジェクトごとにファイリングしてあります。そんなものを開いては、あ〜・・とか、オ〜ォ〜とか唸りながらその時々の思い出がよみがえって手が止まるのです。やはりこんな時は僕の思い入れなど意に介さずハイハイッとゴミ袋に入れてくれる家内が必要です。(実際数年前に事務所を片付けるときには彼女無しでは出来なかった)

この八年、実にいろんな場所でいろんな仕事をしたもので、とても真面目に考えて働いた自分に感心します。記録にはそんな自分がちゃんと残っていました。

そしてそれらをぜ〜んぶ破って捨てました。

まあ、それはどこでもこれからも続くわけだし、記憶の中に生きていればいいや。(実際はHDの中に膨大に残っていますけど)


それから困るのが頂き物。

3大困り物は、会社から貰った天津泥人形セット。京劇の三国演義の登場人物の面がセットになっていて4箱にもなる。見れば楽しいけど重いのよ。次は若い人から貰ったコーラ、ファンタオレンジ、スプライトの昔の瓶の奴。重いうえに液体じゃん、飛行機持ち込めないじゃん。その3は石の置物。もう意味不明。なんかいい石みたいだけど、買ってくれたチンタオの副総経理の厚意はすごく嬉しいけど・・石じゃん。

自分で買ったものは捨てられるが、頂いたものは気持ちがあるので人にはやれず、捨ても出来ず・・・結局部屋に置いてきました。この部屋を飾っていただきたいということで。


そんなこんなの天津行き。


まあ、棚はこんな感じ。

日本で買ってストックしてあるモデルの材料など、タダじゃないんだよね〜、もったいないね〜


服も増えるよね〜冬寒いからね〜、あとDVDは数百枚あるね。昔随分捨てたんだけどね。


自転車もあるね〜4000kmも乗ったんだから、これ何とかもって帰りたいけど無理ね〜高くつくもんね〜物置には車のシートと鉄ホイールが入ってるよね〜


・・・どうすんのさ。


仕事の記録といえばコイツもそう。

中国に来る前の日に発売になった。
よかったら見てください。日本じゃ出来ない変てこです。

http://auto.sohu.com/20130305/n367521048.shtml



黄さんが昼ごはんに誘ってくれました。

彼女の包子の美味いこと。八個も食ったよ。お母さん譲りだね、こういうものを子供に食べさせたら立派な食育だ。彼女の赤ちゃんに日本の叔父さんと覚えさせました。彼女にしてはめずらしくお酒を勧めてくれるので、ご主人と飲みました。楽しい昼食。


・・を3時過ぎまで遊んで6時からはアニキと食事会(酒飲み)店に着いたら友人が勢ぞろい。

すでに酔っ払っていたので最初から盛り上がり楽しかった。
12時ころまで兄貴と話しこんで部屋に戻り、布団に入ったものの寒くて寒くて寝袋を引っ張り出して芋虫になって震えました。



それで目が覚めたらこれだ。




ここ数日中国は寒い。
寒さと戦いながら、しかも泣きながら部屋を片付けましたよ。


それでまだ使えるけど日本にもって帰れないものを不用品として外に並べました。「不用品、随意帯走」の張り紙をつけて。

時間があるならガレージセールやりたかったけど。
近所の叔母さんが、なに?これタダなの?悪いからお金払うわよというので、いやいや、もう日本に帰るから必要のないものを並べただけなんです、何か使えそうなものがあったら好きに持っていってくださいといいました。

近所の人や子供たちが集まって好き好きにミニカーや服などを持って行くほほえましい光景をちょっと期待しつつ・・・


部屋に戻って20分後・・


お見事!!


僕が抱いた幻想はもろく消え去ったのでありました。
まあ、この自動ごみ収集システムは強力です。


さて、もうひとつ大きなものが残っております。


チェロキーです。


前の持ち主に引き取ってもらうよう交渉を黄エイさんに託しました。
欲しいという人もいるので、いくらかでは売れるでしょう。

でも売りたくなかったものがこれ。


モモステ。

思い出がいっぱい。
クルマ本体に思い入れは全然無いが、これだけは外したかった。でも前の晩に工具を兄貴にあげちゃった。もう時間切れ。これも仕方のないこと。


そうやって片づけが済んで・・・


大家さんである友人の奥さんと黄エイさんに立ち会ってもらって鍵を返した。

すべてが済んで黄エイさんに売ってもらうIPFの補助灯を持って3人で門まで歩くうちに大家さんが涙ぐんでしまった。また必ず来てね、部屋は何時でも使ってくれていいんだからと言い、トイプードルに引っ張られながら涙を拭き拭き去っていく後姿がとても寂しかった。ふと横を見ると黄さんまでもらい泣きしている。

僕の中国での生活はこんな優しい人たちに支えられていたことに改めて感謝した。日本から来た僕を本当に親切に迎えてくれた中国の友人たちにも、寂しさに耐えて待っていた家族にも、ありがとう。これからも頑張ります。



この子はちっとも優しくしてくれなかったけどね。